top of page

『ゆきてかへらぬ』映画化について(67)

更新日:3月12日

TOHOシネマ六本木の試写会にて
TOHOシネマ六本木の試写会にて

 1月30日(木)に舞台挨拶付き『ゆきてかへらぬ』の上映会に行ってきました。公式サイトは以下になります。

 『ゆきてかへらぬ』は中原中也、そして小林秀雄と抜き差しならない関係があった長谷川泰子による口述を、村上護がまとめ、1974年、私が十九歳の時に出版されました。当時、私は小林秀雄全集を夢中で読んでいて、その延長でこの本も買い求めました。男女の心の機微もまだまだ分かっていない若造でしたが、それでも三人の極端な愛憎劇には心を刺されました。 

        映画を観終えたあと、久しぶりに紐解いてみました

 

 それから五十年の歳月が過ぎ去り、昨年、この本を原作とした映画が翌年早々に公開されることを知りました。長年、小林秀雄を読んできた私としては、一刻も早く観るのを楽しみにしていましたが、どちらも著名な詩人と批評家の若いころの男女関係のもつれを、ただ表面的に扱っている作品だったらどうしようかと、一抹の不安を感じてもいました。

 日ごろ小林秀雄の作品について教わっている池田雅延塾頭もこの映画について話題にされ、「観るのは皆さんの自由ですが、小林秀雄と中原中也の関係については、ぜひとも小林秀雄の『中原中也の思い出』を読んで下さい」と言われました。 

 さて、この映画を観た感想です。 

 冒頭、雨に濡れて黒光りしている瓦屋根と瓦屋根の間の路地を擦り抜けていく赤い傘を、上から撮った京都の古い町並みのシーンから、私は物語の中にどっぷりと浸ってしまいました。そう、小林秀雄は、「歴史は上手に『思い出す』ことなのです。歴史を知るというのは、古えの手ぶり口ぶりが、見えたり聞えたりするような、想像上の経験をいうのです」(『講義 文学の雑感』「学生との対話」)と言っていますが、まさに私はこの映画を観ているあいだ、その昔、三人に起きた出来事を、その時のそれぞれの心情を、まざまざと『思い出して』いました。 

 三人の関係では、やはり小林秀雄と中原中也の関係が重要ですが、長谷川泰子も、実は小林秀雄にとって大きな役割を果たしています。小林秀雄の『Xへの手紙』にはこういう言葉があります。「女は俺の成熟する場所だった。書物に傍点をほどこしてはこの世を理解して行こうとした俺の小癪な夢を一挙に破ってくれた」つまり、小林秀雄の人生にとって最も重要な事柄の一つである、人間として『成熟(さらには円熟)する』ための重要な相手が長谷川泰子だったのです。 

 細かい部分では疑問を感じるシーンもありましたが、脚本家である田中陽造は、『中原中也の思い出』もしっかりと読み込んでいたに違いなく、全体としては大変感銘を受けました。実はこの映画の脚本は小林秀雄が亡くなった四十年前に既に出来上がっていたそうです。そして、長い間、日の目を見なかったこの脚本を、小説が原作である映画を数多く撮ってきた根岸吉太郎監督を中心に、制作に携わったすべての関係者が、見事に映像化してくれました。 

 俳優の岡田将生、木戸大聖そして広瀬すずもまた、三人の本を読むなどして、「歴史を上手に『思い出す』」ことを行い、素晴らしい演技を披露しています。これら人気若手俳優を起用したことが呼び水となってこの映画を観に行き、そのあと小林秀雄や中原中也の作品にも触れてみたという若い人たちが少しでも増えることを期待しています。そしてさらに、若い人に限らず小林秀雄の作品を読んで興味を持ち、池田雅延塾頭による、『小林秀雄に学ぶ』講座の受講を希望する人々が出てきてくれたなら、これほど嬉しいことはありません。

Comentarios


小説『人生の花火』との対話

購読登録フォーム

送信ありがとうございました

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

©2020 by 小説『人生の花火』

bottom of page