五月四日の気持ちよく晴れた、汗ばむほどの陽気の中、栃木県を訪れました。お目当ては30万人が集まるという益子の陶器市。朝十時には到着したのに、もうお店や路上は人の波で溢れ、さらに狭い道をどんどん車がやって来るので、危険とも言える状況。
そんな中で様々な作家さんのテントを訪れましたが、どれを買ったらよいか目移りしてばかり。持ち金や重たさに関係なく、あれもこれも欲しくなってしまいます。
こういうのは妻が得意なので、私は一人で、近くにあるもう一つの目的の浜田庄司記念益子参考館を訪れることにしました。
益子参考館の入口の門。その向こうは時が止まった異界。
かやぶき屋根の残る展示館。中ではコーヒーやお茶も飲めます。
そこには小林秀雄が骨董に夢中になるきっかけとなった、李朝の陶器である「葱坊主」が収められています。それは3号館の中を入った瞬間、まるで私を待ち受けていたかのように、正面の陳列棚のど真ん中からこちらを睨んでいました。そうとしか言いようのない吸引力を持っていたのです。
近付くと、さらにその大きさに、そして凜とした、そのたたずまいに圧倒されました。しかし、少し傾いているのと、よく見るとほくろのような突起があるのが、ある種の親近感を醸し出しています。本当はこの手で触れたいのですが、それでも写真で見るのとは桁違いの、その美しい曲線に魅了されました。ちなみに恥ずかしい話ですが、私は33㎝の高さがあるこの陶器を、小林秀雄が愛用した徳利だとしばらく勘違いしていたのです。そんな風に見えませんか。
もちろん、浜田庄司が制作した陶器も、当時を偲ばせる陶工制作の現場も、民藝運動の資料も素晴らしいものでした。陶器市とは違って人影も少なく、暑さを凌げる涼しい建物の中で、しばしかつて歴史の余韻に浸ることが出来ました。
当時の蹴ろくろがそのまま並べられている。
浜田庄司が釉薬を塗っている写真と出来上がった実物
日本遺産ともなっている太平窯。何やらアニメに出てくる生き物のようです。
そのあとは、あちこちで田植え風景が見られる中、車を飛ばして栃木市に向かいました。もう一つの大きなお目当ては、蔵の街市民ギャラリーで行われている吉屋敬さんの絵画展です。吉屋敬さんはあの小説家である吉屋信子の姪で、オランダ在住の画家でもあり、『青空の憂鬱』というゴッホの評伝も書かれた作家でもある方で、高校の先輩である建築家の今井秀明さんの紹介で知り合いになりました。ギャラリーはまさに蔵の建物の中にあり、中の古民家風のたたずまいが絵画をより一層引き立ててくれているように感じられます。
ギャラリーに隣接した川ではたくさんの鯉のぼりが気持ちよく泳いでいました。
その吉屋敬さんの絵は、多彩な明るい色が使われているにもかかわらず静謐な印象であり、独特の風貌をした人物も柔和な感じです。また、フレスコ画のようにいくつかの絵が一つの世界を作り上げているという要素もあり、吉屋さんの解説を聞きながら、大変楽しく、また興味深く、鑑賞させて頂きました。
右の凝った額も吉屋さんのお手製です。
三枚の絵が一緒になって一つの世界を作り上げているだけでなく、一つ一つの絵にもまたそれぞれの世界があり、さらには絵と絵の間の余白にも、想像の世界が広がっています。
今後は日本に住まれるそうで、絵画で、文筆で、ますますご活躍されることでしょう。
以前、吉屋さんが描かれた絵と著書の前で記念撮影。
さて、危ない運転もありましたが、取り敢えずは無事に小山駅でレンタカーを返して緊張から解放されたあと、夕闇の迫る中、居酒屋の座敷で飲んだ生ビールが、格別旨かったことは言うまでもありません。
今回の戦利品。盃で旨い日本酒を飲むのが楽しみです。
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